SUMI-E WORKSHOP

水墨画講座

JAPANESE PAINTING



Japanese Painting 日本の美の輝き

  中国で成立し発展した水墨画は、13世紀ごろに中国から日本へ禅僧が渡来するようになると、禅宗とともに伝えられました。それ以前にも日本にはもちろん墨筆による絵画表現はありましたが、それは均質な線描による作品(「白描」と呼ばれるもの)でした。
 その後、日本では禅の教えを表す表現形式として絵仏師や禅僧が中心となって広められていきます。

 日本の水墨画が花開くのは室町時代でしょう。水墨画の最盛期とも言えるこの時期の画家をあげるときりがありませんので、ここでは、雪舟(せっしゅう:1420-1506?年)のみを紹介させていただくことにします。
 禅僧であり画僧であった雪舟の功績は、渡来文化として取り入れた芸術形式を消化吸収し、日本風に発展させて確立したということで、以後の日本の美術界へ大きな影響を与えています。そして、江戸時代の狩野派などから文人画に受け継がれて明治から現代に至るのです。

 「雪舟『秋冬山水図(冬景図)』 15世紀末~16世紀初、東京国立博物館蔵」

 狩野派(かのうは)は日本絵画の歴史の中で最大の画派(画家集団)で、室町時代中期から江戸時代の間に活躍しました。織田信長や豊臣秀吉にも仕えた狩野永徳(かのうえいとく:1543-1590年)は、狩野派のもっとも代表的な画家のひとりです。

「狩野永徳『唐獅子図屏風 右隻』 16世紀、宮内庁三の丸尚蔵館蔵」

 桃山時代後期から近代にいたるまで活躍した琳派(りんぱ)は、同じような表現技法を用いた画家・工芸家の流派です。特に、江戸時代の尾形光琳(おがたこうりん:1658-1716年)によって発展していくのですが、その大胆で奇抜な構図と彩色を大きな画面に表す手法は圧巻で、現代の芸術界にも大きな影響を与えています。

「尾形光琳『燕子花図』 18世紀、根津美術館蔵」

 長谷川等伯(はせがわとうはく:1539-1610年)は、狩野派の狩野永徳とともに桃山時代を代表する絵師でした。狩野派を含むさまざまな流派の画風を学びつつ、雪舟らの水墨画にも強い影響を受けています。「松林図屏風」は日本の水墨画の最高傑作と言えるでしょう。輪郭線を用いずに筆のタッチだけで松林を表現し、濃淡でもって奥行き感も表現した秀作です。

 ほかにも有名な作品は多数ありますが、なかでも「枯木猿猿猴図」はテナガザルの親子を描いた作品で、躍動感のある猿の様子を温かみのある雰囲気の中に表現した名作です。

「長谷川等伯『松林図屏風』 16世紀、東京国立博物館蔵」

 俵屋宗達(たわらやそうたつ:生没年不詳)は江戸時代初期の画家でした。もともと扇面など紙製品に絵をつける職人だったとされていますが、詳しいことはわかっていません。
 宗達と言えば「風神雷神図」が有名です。構図や線描など、琳派の絵師のほか多くの画家たちが競って模写し参考にしたようです。近現代の画家たちも創作活動において、この絵から多大なるインスピレーションを受け、現代的に解釈した個性的な風神雷神図を制作しています。

「俵屋宗達『風神雷神図』 17世紀、京都・建仁寺蔵」

 伊藤若冲(いとうじゃくちゅう:1716-1800年)は、江戸時代中期に、京の都で活躍した絵師(画家)でした。写実と想像を巧みに融合させた「奇想の画家」とされています。
 狩野派の画家に師事してその画法を学んだものの、後にその画法を捨て、中国の宋や元の絵画で模写に励み、さらに写生に移行したということです。そのおかげか、綿密な写生技術に基づき、大胆な色使いと斬新な構図構成は見事だと思います。特に構図は作品によって異なる印象があり、ときに緻密かつ綿密な、ときに寂寞感のある印象を与えてくれ、何度見ても斬新です。
 若冲は私が飛び切り好きな画家で、そのいずれの作品にも感動を見つけることができるのですが、ここでは「鶴図屏風」をあげておきたいと思います。対象をつぶさに観察して、形態や質感、動作などを一瞬でとらえて簡潔に描写しているさまは見事と言うほかありません。

 

 

 

 

 

 

「伊藤若冲『鶴図屏風(部分)』   

  18世紀、プライスコレクション」

 江戸時代の絵画作品として触れておきたいのは「浮世絵(うきよえ)」です。
 浮世絵といえば、現代では多色刷りの木版画を指すことが多いのですが、もともと「浮世」というのは当世、当代という意味なので、浮世絵も「いまの時代の風景や風俗を描いた絵」ということになります。つまり描かれた当時の様子を写した絵ということで、写真で言えばスナップショットのような感じですね。
 浮世絵は、風俗を表したものとしてとても興味深く、私にとって、構図も色使いも斬新なものが多くて参考になります。浮世絵師たちも数えきれないほどいて、お気に入りのものだけあげようにも枚挙にいとまがありませんので、その中から歌川広重(初代)、葛飾北斎、鈴木春信の3人を挙げておくことにします。

 初代歌川広重(うたがわひろしげ:1797-1858年)は「東海道五十三次」で有名ですが、現地でのスケッチを元にしながらも、もっとも特徴的なシーンを切り取って簡潔に表現し、主題とも点景ともいえる人物の取り込み方も巧みであり、色の選び方も絶妙で、凡人にはまねのできない完成度にため息が出ます。

 『箱根宿』の山肌の色使いは一見奇抜に映りますが、実際に東名高速道路を車で走ったとき、遠くに見えた山々の発色に「同じだ」と思い出すのがこの絵です。自分で絵筆を取ると、なかなかこのような色使いはできないものですが・・・・・・。

 「歌川広重『東海道五十三次 箱根宿』」

 葛飾北斎(かつしかほくさい:1760?-1849年)は江戸時代の化政文化を代表する浮世絵師です。「富嶽三十六景」が有名なのですが、あえて「北斎漫画」を挙げたいと思います。
 これは絵手本として発行したスケッチ集なのですが、人物たちが簡単な線描で生き生きと描かれています。現代のマンガに通じる表現が多く見て取れますが、人間の多彩な表情や動きが描かれており、人物画を描くための参考となります。

 

 

 

 

 

 

「葛飾北斎『北斎漫画(部分』 浦上蒼穹堂」

 鈴木春信(すずきはるのぶ:1725?-1770年)は江戸時代中期の浮世絵師です。
 スレンダーな体つきに細目の女性を写した美人画で有名です。私はこの飄々とした雰囲気の表現が好きなのです。さらに、女性の着物の柄や着こなし方などがつぶさに描かれていて、ファッショングラビア的にも楽しめるのがおもしろいと思います。

「鈴木春信 錦絵『お仙茶屋』 たばこと塩の博物館蔵」

 ところで、明治時代に来日し教鞭をとったアーネスト・フェノロサは講演の中で、日本画の特徴をいくつか挙げています。


 ・写真のような写実を追わない
 ・陰影が無い
 ・鉤勒(輪郭線)がある
 ・色調が濃厚ではない
 ・表現が簡潔である


 なるほど、言い得て妙ですね。その通りだと思います。
 日本画と西洋画は単純に画材の違いで区別されるものではありません。日本画は、日本独特の自然と文化の中で独自に育まれ、発展してきた絵画です。私が心惹かれる点もそこにあります。
 ここからは近現代の日本画家で、特に私が注目している巨匠たちに焦点を当ててみます。近現代の日本画の巨匠も、横山大観、東山魁夷など数限りなくいらっしゃいますが、私自身が人物画をよくしていることもあり、人物を中心に描かれた作品に特に強い関心があります。

 上村松園(うえむらしょうえん:1875-1949年)は明治から昭和にかけて活躍した美人画家です。綿密な観察と周到なデッサンを基礎とし、女性の表情やしぐさを工夫して、可愛らしさ、妖艶さ、か弱さなどを表現しています。その色彩の美しさもさることながら、ほかに選択肢はないと思わせる線描が見事です。絹布のうえに、ぼかしの技法で何層にも塗り重ねることにより透明感をいっそう美しく出しています。

「深秋」は松園の美人画の中でも珍しく大きな動きのある作品で、紅葉を散らしながら吹く秋風に着物を押さえる女性のしぐさがなんとも愛らしいです。風の動きを着物の線描で表現し、ぼかし技法により全体に透明感を与え、女性の魅力を引き立てています。

 「上村松園『深秋』 1948 MOA美術館蔵」

 伊東深水(いとうしんすい:1898-1972年)は、美人画で人気の高い画家です。14歳で鏑木清方に入門し、深水という号もここで与えられたものです。
 深水の美人画には、ささやき合っているポーズがいくつかあるのですが、「春」という作品には日常の生活を生きる現代的な女性が溌剌と描かれていて、ほかの作品とは趣を異にした新しい雰囲気が感じられます。

 「伊藤深水『春』、1952 山種美術館蔵」

 鏑木清方(かぶらききよかた:1878-1972年)は人物画家として著名ですが、最初は風俗画家に師事し、十代からすでに挿絵作家として活躍していました。そのおかげか、人物のしぐさや情感などをとらえることにことさら卓越しているように思います。

 「秋宵」は、振袖・袴姿に靴を履いた女性がバイオリンを弾くという主題もさることながら、人物に鉤勒法、草木に没骨法を用いていて、「現代的古風」ともいうべき不思議な魅力を醸し出している作品です。ちなみにモデルの女性は清方の奥様だそうです。

「鏑木清方『秋宵』 1903 鎌倉市記念鏑木清方美術館蔵」

 最後に、「動物を描けばその体臭までも表す」と言われた竹内栖鳳(たけうちせいほう:1864-1942年)から「班猫」を紹介します。鳥やうさぎ、サル、熊、蛇などあらゆる動物を描いた作品が残っていますが、やはり私自身も猫を飼っていることもあり、どこにでも居そうな普通の猫を描いた作品には目を留めてしまいます。

 猫だったらよく見かけるポーズなのですが、描こうとすると意外と難しい姿勢。それを背景に余計なものをいっさい描かずに猫だけ。しかし地面にはうっすらと金泥を敷いていて、猫とのバランスをとるかのように落款を配しています。
 写真ではわかりにくいのですが、猫の毛並みの表現にも一本ずつ丁寧に描き込みがあって、質感も表現されています。全体にも細部にも行き届いたこだわりが感じられる作品です。

「竹内栖鳳『班猫』 1924 山種美術館蔵」

 好きな作家や気になる作家はほかにもたくさんありますので、随時、追加していきます。

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